その日は,朝から雨だった
ボクは愛車CB400SFを盗まれてショックから少しずつ立ち直りかけていた。
見つけだして,絶対に復讐してやるんだなどといろいろ考えもしたが,なかなか一人で探せるものでもなく
かと言って三重の警察はこんなことくらいでは動いてくれない税金泥棒の集団なのでもとより頼る気はないし。
雨の音しか耳に入らない。静かな休日
プルルルルルル プルルルルルル
静寂を蹴破る電話の音。
「もしもしィ」
「あ,あたしあたし(知り合いの女の子←名乗れよ)。今ヒマ? ちょっといいかなぁ?」
「いいけど,何」
「ちょっと出てこない? 場所は○○○の×××」
「.......ち,わかった,すぐ行くよ」
車で10分くらい走った喫茶店に,彼女はいた。ボクを見つけると少し首を傾けて,ニッコリとうなずく。
ボクはこう切り出した。
「デートにしちゃ乱暴な呼び出し方だこと」
「ごめん...」
それっきり,彼女は黙ってしまった。
「ずっとここにいたでしょ」
彼女がはっとするのがわかった。「わかる...?」
ボクは笑いながら言った「ルージュがあちこちに付いてるよ,あ,ボクもホット1つね。」
クスクス笑う彼女。たが急に神妙な切り口でこう切り出した。
「実はね....出来ちゃったの。彼の...」
「うん? 彼って アイツか」
勿論私ではない。
「4ヶ月に入ってるって」 彼女はそう言われれば少し出てきたからと思われるおなかをさすりながら言った。
「バイク....乗ってる?」
「.....盗まれた」
「え!?。あの黄色い...」
「スーパーフォア」
「...どうして..どうして...」
「わかってたら自分で何とかしてるって。それより,妊娠話を聴かせに来たワケじゃないでしょ。用件って何?」
しばらくの沈黙の後
「籍を入れるの。彼も,向こうの両親も,別に反対してないし,すぐ結婚しようって。...でもバイクはやめろって」
「..........」ボクは何も言えずにいた。
「女だてらにバイクなんて...彼も一度,バイクで事故って生死の境をさまよったことがあるし,絶対にダメだって
でも,私....捨てたくない。いっぱい思い出あるもん。手放したくない。」
「......けど,乗るなって言ってるのか...」
彼女が半泣きでうなずく。
いかに彼女が自分のZZ−R250を大切にしてきたかはボクが一番知ってるつもりだ。
ボクが乗ろうか....と言いかけたが,そんな大切なマシンを,譲ってくれなどと言えるわけもなく,
ボクはただ黙っていた。
............
また慌ただしい生活が始まった。時々彼女はどーすんだろうとか思ったりもしたが,
そんなことを考えていることすら許されない日常の日々が続いていた。
とりあえず,行きつけの近所のバイク屋には何か良いバイクの出物が出てきたら
連絡するようには言っておいた。
そんなある日のこと。そのバイク屋から私の許へ連絡があった。
「おー。いいマシンが入ったぞ〜」
「何何」
「カワサキのZZ−R(ダブルズィーアール)250。見に来るか?」
「色は?」
「91年型のバイオレット」
「........すぐ行く」
まさかとは思うが....同じ色の,同じ年式のマシンなんて,そんなにたくさんありはしない。
私はそのバイク屋に走った。停めてあったマシンを見て,私は硬直した。
「これ.....」
店長曰く。
「3日ほど前に○×の方へ入ってきてな。H2(91年モデルのこと)だな。
立ちゴケ痕があるが,特に問題はなさそうだゾ」
「これ,これは...」
「知ってるのか,オマエ」
「知り合いのだ」
ボクは彼女のマシンに,どんなキズがあったのかも知っている。
持ち主の操縦が下手な上に,ZZ−Rはフルカバード・マシンだから,一度こけると特徴的なキズが入る。
「これ いくら?」
「うーん....一度軽く整備するから,32万円でどうだ」
「自賠責とヘルメット付けて税込み30万にしとけ。即金で買う」
店長はしばらく考え込んでいたが
「...いいだろう。オマエの知り合い様のマシンとあらば,取るものも取れんわい。
2,3日時間をくれ。自賠責はそのまま繋ぐ。ナンバーもそのままだ。」
「あぁ,よろしく頼む」
「それにしても非力だぞ。コイツは。もっとハイパワーのマシンなんていくらでもあるのにさ,どうしてこんな...」
最後の店長のセリフを,ボクは聞いていなかった。
週末,ボクはそのZZ−R250に乗っていた。
真っ先に彼女の家へと向かった。
近所の公衆電話で電話をかける (8年前の当時,携帯電話なんてさほど普及してなかったので)
「もしもし」
「はい....,あ...あ...」
彼女の驚いた声がした。
「今家にいるんだな。今から5分後に,玄関の前にいること。いいね」
「え..あ..あの..」
「いいから,そこにいるんだ。いいね」
「ちょ,ちょっと....」
受話器を下ろし,深呼吸をして,ボクはZZ−Rに再び火を入れる。
「頼むぜ,相棒!」
そのまま彼女の家に向かう。妊娠末期だから彼女は実家にいる。
道端に,彼女の姿が見えた。もうすっかりマタニティだ。
フゥオォォォン
彼女の目の前でバイクを停めた。
彼女の驚いた顔。そしてすぐ,ボクにすがりついてきた。
「...これ...お父さんが..私に黙って,勝手に....でも....どうして..?」
バイク屋さんのネットワークなんて,小さいし,彼女の親父さんが乗ってたバイクに貼ってあったステッカーが
おんなじだしね。すぐわかるものなんだけど,でも今回はただの偶然かも知れない。
「買い戻したの?」
「........まぁな」
「また,逢いに行ってもいい?」
「歓迎するよ」
ボクは彼女にこう言った。
「君の意志は,ボクが継ぐ」
「.....よろしく。大切にしてね」
久々に彼女の笑顔を見たような気がした。
− Fin −
一部フィクションですがあらかた実話です。
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