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.....の前に今のバイクの紹介 ホンダCB400SF(NC39)改 乗りやすい。教習車だというハナシも。 オリジナルからの変更点 ・アクラポヴィッチ(AKRAPOVIC)製集合管 (爆音アクラ)。サソリマークがイカス(死語) ・エンジンガード ・ポッシュ(POSH)製スーパーバイクポジションブラケット ・デイトナ(DAYTONA)製フロントスクリーン ・コンデンサ装備(ホットイナズマモドキ) ・サイドカバーはVTEC.SpecTのものを取って付けた(笑) ・フロントはレーシングタイヤ(ブリジストン・バトラックスBT002)を履く。 リアはバトラックスのBT42。純正サイズより一回り細い。そのため迫力は少し失せた。![]()
スズキ・アドレスV125G。20年ぶりくらいに新車で買ったスクーター(笑) オリジナルにリアボックス(GIVIのバニアケース)と前カゴが付いただけのフルノーマル。![]()
車歴紹介 結構いろいろ乗ったり潰したり.....と変な車歴ですが。マァ観ておくんなさい。 本当は写真があればいーんですけどねぇ。というか,写真は結構いっぱいあるんですが, スキャンしてもらうのが面倒で.....で,頭からずっと書いていきます。 時間が出来たところでもう少しカッコ良く修正していきたいと考えています。 系譜・Suzuki Hi (Walter Wolf) 初めて買ったスクーター。ちなみにウォルターウルフカラーという特装色。当時は恐ろしく目立った存在でした。 安かったし。で,これでよく大学に通ってました。なんせ一般学生に駐車場がないし,貧乏学生だったので スクーターは華でしたね。 ずっこけたり,道路から落っこちたり,オートバイのテクニックというものの片鱗を観たような マシンでした。でもバイクから引退することはなく,決して2度と乗るものかとは思わず, 現在の基礎が出来上がる(笑)。 2年ほど乗りたくってピストンリング交換+エンジンのO/Hかなぁという時に,友人に売り渡しました。 ↓ ・YAMAHA Champ RS 次に買ったのがチャンプ。ヤマハワークスカラー。これもよく乗りました。 一度盗まれそうになったりもしたのですが,結局盗まれることもなく大学を卒業してからも しばらく我が家にありました。ヤマハのマシンは乗り心地がいいというのはこのスクーターで よくわかります。下記にあるTZR125と交換で知り合いのネットワーカーに売却。 ↓ ・SUZUKI RG50Γ 後輩が学生時代に乗ってまして,1ヶ月くらい借りていたことがあります。 だいたいまだ2輪免許を持っていなかったので,教習所へ行こうと思って必死に 練習したものです。何回もエンストさせたし。 リミッターは解除してあったので,6速ミッションをうまく操れば 時速90km/h近い速度までは出たものです。 ↓ ・YAMAHA RZ250初期型改 さて無免許運転の総仕上げはやっぱりコイツでしょう。ハングオンの音楽に乗せて, チャンバーからボロンボロンと下品なサウンドを垂れ流しながら佇むそのマシンは 私が生まれて初めて乗ったクォーター(250ccの総称)でした。借り物でしたが。 4000回転まではお子様バイク。 6000回転までは普通のちょっとよく走るバイク それ以上は悪魔のような加速をするバケモノでした。 誰もいない海岸を,フロントを持ち上げながら爆発的な加速で飛んでいくマシンに耐えきれず 『ぎゃああああ』と叫びながら暴走していったことを覚えています。 後にも先にも私に「恐怖」を植え付けたマシン。 ナナハン・キラーの末裔。 ↓ ・YAMAHA TZR125 で,それでやめとけばいいものを,就職したのをいいことに教習所へ通い始めまして.... 250ccのようなバケモノに乗る気はなかったので,サーキットの2輪教習所へ入校し, おとなしく小型2輪の免許を1ヶ月弱でもらってきました。 免許を取った最大の理由は,時速50kmでも捕まらないという,ただそんだけの理由から。 教習料金と反則金を秤にかけたところ,免許を取った方がマシだよな〜という結論に 達しまして。 で,早速買ったのがこのマシン。ハーフクォーター(125ccの総称)とは言え, 時速140km近い速度域まで消し飛んでいくその様は,ファミリーバイクとは思わせない 獰猛なものがありました。紀伊半島1周の旅に使ったり,一宮の知り合いの家まで行ったり 名古屋市内へお買い物に行ったり.....と,ツーリング趣味の基礎を作ったマシン。 しかし所詮は125。高速道路は乗れないし,何かと不便。原付で済ませることの出来る ところへは格安で行けるという特典もありましたが,下のVTが来ることになって逢えなく 手放してしまいました。燃費はどんな環境でも23km/lで一定でした。 ↓ ・’84 HONDA VT250F 上の方でHiを売った友人より,もらいものだが預かって欲しいということで,我が家にやってきました。 修理してくれればその友人が免許を取るまでの間,乗っていてもいいということでもらいまして, またまた教習所に4時間ほど通いまして審査を受けることに。 要は小型2輪から中型2輪への限定事項変更審査というものです。 規定の4時間でキレイに審査にパスし,早速VTをもらい受け, フロントフォークを全部オーバーホールして何とか乗れるようにして,初めて高速道路に入ったり なかなか素直で扱いやすくていいマシンでした。このマシンで東尋坊まで行ったことを覚えています。 1年くらい乗ってまして,めでたくその友人が中型免許を取ったので返却。と。燃費は約25km/l。既に力尽き,朽ち果てた84年型VT250F。40ps仕様。 このマシンは私自信の手で葬った最初の記念すべきマシンとなった。 ↓ ・’90 Kawasaki ZZ−R250 (H1型) 返却してしまっては乗るものがない......というので,バイク屋へ直行。VTに似たマシンをくれと カワサキGPX250に目を付けて見積を....と思ってましたら何とGPX250は生産中止とか。 がぁぁぁぁん。と言ってたらその後継車がこれ。ZZ−R250。 とても乗りやすく,いいマシンで,九州縦貫ツーリングはこのマシンを使用しました。 2年間で2万キロ乗りました。通勤にも使っていたし。燃費は状況によって異なり,23〜28km/l ↓ ・’92 HONDA CB400 SUPER FOUR(NC31) ところが上を見ればキリがないというのは車でもバイクでも同じこと。よせばいいのに ZZ−Rと交換して買ってしまいました。1回目の北海道ツーリングはこのCBを使っています。 初代スーパーフォアはクランクマスが大きかったのでゴムひもで引っ張られるような変な加速を したものです。とてもお気に入りで,ずっと乗り続けるぞと思ってましたが,車検を受けて 半年ほどしたある日のこと家の駐車場から盗まれてしまい,現在に至るまで出てきてません。 25〜30km/lとよく走ったのですが.......。
幸福駅にて。京都ナンバーの赤のスーパーフォアと並んで記念撮影。 まさか本当の意味での記念写真になるとは思わなかった。 ↓ ・’91 Kawasaki ZZ−R250 (H2型) ぽか〜んとしていた矢先,ひょんなことからまた買い戻してしまった運命のマシン。 九州周回,北海道へ2回,紀伊半島1周が2回,四国2回,日光へ爆走するわ,敦賀へは行くは, 奈良や滋賀と三重の間なら何往復したことやら....... このマシンは手放さないと心に誓い,16年間乗ってましたが,寄る年波には勝てず, 本格的に修理をすると中古車が楽に買えてしまうという状態になってしまい, それでも乗り続けてましたが,部品取りにするのは忍びないので, 下のNC39の登録のお世話になったバイク屋へ引き取ってもらいました。 その方が幸せかも知れない。燃費は23〜28km/l程度。馴れ初めはこちらへ。
奈良県の香芝サービスエリアにて。
引き取られていく朝の最後の勇姿 ・SUZUKI TS125 CBを盗まれてぽか〜んとしていた矢先に衝動買いしたファミリーバイク。いや,これを ファミリーバイクと表現するのはどうかしてますね。往年のスーパーオフローダー「ハスラー」の 車名を受け継ぐデュアルパーパスです。黄色と白の激目立ちグラフィックのぴょんぴょんマシン でした。下のレブルが来たので2年ほどで知り合いに譲りました。 現在はオンロードパターンのタイヤを履き,ダートトラッカーとして活躍中です。 20km/l程度しか走らない燃費の悪いヤツ,でした。
往年の名車「ハスラー」の名を受け継ぐデュアルパーパス 車体はTS200Rと同じなので,125ccとは思えないくらいに大きい。 ↓ ・’88 HONDA REBEL (REBEL=レブルとは反逆者の意味) 会社の同僚が足の骨を折ってしまい,嫁さんから『2度とバイクには乗るな』というレッドカードを 突きつけられ,売ることもままならなければ買い手もおらず,そんなこんなで私がお引き取り。 アメリカンなんて初めてでしたが,乗ってみるとこれがまた快適至極。 ゴージャスないい気分で,非常に気分の良いマシンでした。ベンリイ号直系のメンテナンスフリーの エンジンを積むため,パワーはたいしてないわりに51km/lという驚異的な燃費をたたき出したことが あります。京都の加茂まで往復して使ったガソリンわずか3リットル.......。 普通に走っても42km/lでしたし。 しかし,ある日のことトランスミッションを割ってしまい,エンジン内をギヤの破片が巡回して 白血病みたいになってしまい,お亡くなりになってしまいました。
引退のため,割れたトランスミッションを引きずり, 知り合いのところまで最後の自走に赴く直前のレブル。 ↓ ・’92 YAMAHA XV250 Virago (Virago=ピラーゴとはがみがみ女房) お亡くなりになってしまったので代わりに中古車で買ってきたのがこれ。Vツインなのでトルクは こっちの方が上だろうということで.....。しかしキャブヒーターが不調で冬はストール したりと,イマイチエンジンの調子は悪く,ヤマハってダメダメだなぁと思って,NIFTYのFBIKE掲示板で 下のTDR80と交換してしまいました。燃費は20km/lくらいと悪い。ヤマハのエンジンマネージメントは お世辞にも良くないと思った一台。カワサキもたいして良くないがこっちはもっと悪い。 ちなみにピラーゴとは『口やかましい大女』の意味があるので,私はこのマシンをよく 『口やかましい小娘』と呼んでいました。
XV250ビラーゴ・自宅前にて。 ↓ ・YAMAHA TDR80 20インチの自転車並みの小さなマシン。一時期アホみたいに走り回ってました。楽しいですよ〜。 燃費は20km/lと最悪ですが,それは私がパワーバンドまで振り回して乗っていたため。 ベビーギャングという表現がピッタリでした。 2年ほど乗り,そうこうしているうちに転勤辞令が出てしまい,維持が出来なくなって職場の知り合いに 売りました。そのご家族の女子高生が元気に津市内を走り回っていたそうです。今も元気みたいですヨ。
TDR80。宮妻渓谷入り口(御在所岳登山道入口)にて。 ↓ ・HONDA JYRO X (TD01型) あしかけ7年は連れ添った,最も長くつきあったスクーター。というより3輪車だったのでスリーター。 とあるバイク屋のメカの兄ちゃんから2万5千円で譲り受ける。 畑の水運びなどに大活躍。いい思い出いっぱい作って相当走らせましたが, メンテナンスと修理が必要な箇所が増えてきて車体価格を上回ってしまったこと, 水運びを車で代用するようになったこと,折り畳み自転車に乗るようになったこと などいろいろありまして,知人に売り渡しました。
ジャイロX。現車は津市にてまだ元気らしい。 ・HONDA TACT 1ヶ月ほど私の名義でした。 会社の人からもらってきて,直して乗ろうかなぁと思いつつ,なかなかバッテリーが見つからず, ジャイロXもあったために手狭になってしまい,知り合いのネットワーカーさんに売り渡しました。 ・HONDA TL125 イーハトーブ 3日ほど私の名義でした(爆)。 8万円で引き取ってきて.....しかしこれはトレッキングバイク,要はトライアラーレプリカなので, 野山を駆け回ったり石の上でも走っているのならともかく,一般公道ではあまりに使いにくい。 てなことでniftyで買い手を募り,そんなような値段で引き取られていったことを覚えています。 ちなみにFCARのサブシス様だったとか。うーむ。世間は狭いなぁ。 ・HONDA Dio SR (AF25型) ジャイロXを売って以来,原付車から離れていましたが,たまたま会社の同僚が売りに出したので ほぼ衝動的に購入。¥15,000だったし(爆)。 初めて乗ったときには少し恐かったです。今でも恐いです(笑)。 でも近所を走り回るには充分すぎるほどの動力性能で問題はないです。 フロントディスクブレーキでわりとコゾウスクーターかと思ったりもしますが さぁ,どうかな。転売の可能性がありますが,とりあえずこのまんま。 フロントフォークを入れ替え,シート皮を貼り直し,コケ傷をタッチペンで修正して まぁこんなもんかと(笑)。
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フロントフォーク交換のためにカウリングを外した状態のAF25と,ニワトリ用の砂を取りに行っているAF25(爆)。
TD01型ジャイロ・エックスとのツーショット(笑)。 ・YAMAHA JOG90(3WF型) 上のAF25型Dioのあまりの老朽化というか惨状にあきれ果て,その代わりにと拾ってきた珍種。 まだナンバーも取れていないし,ロクに走ってもいないのでよくわかりませんが ブレーキパッドとフロントバスケットを付け,サビ落としとペイントし直しで近日デビュー予定。 ただDioの代替品なので,ロクな使い方はしないだろうと予想してます。 AF25はこれ以上の維持がキケンなので廃車・解体の予定でいましたが, 四日市方面へお嫁に行きました。かの地で精一杯走ってくれと祈ってます。
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原付2種甲種として黄色ナンバー。車体の大きさは両方とも大差なし。
さようなら TD01ジャイロX ありがとう TD01ジャイロX ちょっくら上の方に写真のあるジャイロXが,老朽化のためお役ご免となり,我が家を死に場所として 再び戻ってきました。1週間ほどサヨナラ運転をした挙げ句,解体・処分されます。 最期の花道にと,つや出しのアーマオールを塗り込められて(死に化粧などと呼んでいる)待機中。 ・HONDA CB400 SUPER FOUR(NC39型) HYPER VTECスペックU 知り合いのちゃうっさんが手放すというので,ZZ−Rと交代。 10年以上ぶりにフォアに乗ることになった。そしてこれが現行車。
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・SUZUKI アドレスV125G(K7型CF46A) オイル漏れの修理もせずタイヤもツルツルだったJOG90と入れ替え。 詳細は上の方。単にゲタとして乗っているためドノーマル。
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